| 膝が痛い! |
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| 原因は分からない。とにかく膝が痛い。曲げた膝を伸ばすときに、膝の中でひっかかるようにボキッと鈍い音を立てる。 曲げるときには若干痛むものの曲げられないことはない。だが、曲げたが最後、その膝を伸ばすにはかなり勇気がいる。やっかいなのは眠っているとき。熟睡していると無意識のうちに膝を曲げる。その膝を伸ばす時、激痛で目が覚めてしまう。寝返りを打つたびにやはり激痛で目が覚める。とうとう、ほとんど眠れない状態になり整形外科へ駆け込んだ。 医師の診断は「膝蓋軟骨軟化症」膝の内部の軟骨が柔らかくなってしまい、膝関節のバランスが悪くなり曲げ伸ばしの時に引っかかりを産み、それが痛むという。治療は太ももの筋肉(大腿四頭筋)を鍛え、膝関節のバランスを元に戻してあげることだという。しかし、現在眠ることもままならぬ様になってしまっているので、とりあえず膝に内視鏡を入れ、どのくらい柔らかくなってしまっているのかを確認、場合によっては骨を削る手術しましょう、ということになった。 子どもが保育園に入園すると同時に検査入院。下半身麻酔をして膝に内視鏡を挿入。幸いあまり症状は進んでいないということで膝内洗浄のみの処置をして検査は終わる。 退院後、大腿四頭筋訓練をはじめとするリハビリ。1ヶ月ほどで自転車で子どもを保育園へ送り、その後、自転車とウォーキングを約1時間、その後仕事という毎日が始まる。今から4年前の出来事だった。 幸い、その後膝の痛みも順調に軽減。結局は運動不足だったということらしい。私のウォーキングコースは近くの公園。緑も多く、多くのウォーカーやランナーが思い思いに運動を楽しんでいた。 そんな私の目にうらやましくうつったのが、そのコースを走っているランナーの姿だった。もともと、学生時代は短距離走や球技の授業よりマラソンが好きだった。大学での一般教養の体育のマラソンで、もちろん皆あまり真面目に走っていないということもあるが、学部創設以来女子では最高のタイムだと言われた。 私も走りたい!そう思うようになるまでにそんなに時間はかからなかった。しかし、膝の痛みからあきらめていた。膝の痛みがほとんどなくなり、とうとう医師にジョギングはやってはいけないか尋ねた。答えは「No」・・・・手術から2年が経っていた。 走りたい、やっぱり走りたい。ちまたにたくさんある大会にも出てみたい。そんな思いを募らせながらの冬の始まり。もともと体調を崩しやすかった私が、そのはっきりしない体調に業を煮やし、体質改善ができないものかと、漢方医を訪ねたときだった。 「まだまだ若いんだから薬より運動量を増やしてごらん」 そんなアドバイスを受け、それならと整形外科の医師にやはり走ることはできないのかと相談に行った。 「そろそろいいでしょう」 とうとう、医師の許可がおりた!手術から2年と7ヶ月後の冬。ランニングを始めるにはもってこいの時期だった。 それから、1年と半年。少しずつ走る距離を伸ばし、念願の大会にも出場を果たし、走る仲間もでき、もちろん膝と体調は当時からは考えられないほどよくなった。このランニングのとまり木は、私のランニングの記録、思い、仲間達などいろいろなエピソードを思いつくまましたためたものです。 |